取引先からの売掛金を回収できていない状況は、会社の資金繰りに直結する深刻な問題です。「督促してもなかなか支払ってもらえない」「どの段階で法的手段をとればいいのかわからない」と悩む経営者の方は多いでしょう。
売掛金の回収は、段階を踏んで適切に進めることが重要です。闇雲に動くと、時間と費用を無駄にするだけでなく、時効などの期限を徒過してしまうおそれもあります。この記事では、売掛金を回収する際の一般的な流れと、各段階で押さえておくべきポイントを解説します。
この記事のポイント
- 売掛金回収は「①任意交渉(督促・催告)→②仮差押えによる保全→③支払督促・少額訴訟→④民事訴訟→⑤強制執行」の順に、段階に応じて手段を選ぶのが基本です。
- 売掛金の消滅時効は、原則として支払期日から5年です(民法166条1項)。内容証明郵便による催告で時効の完成を6か月猶予できますが、この効果は1回限りです。
- 争いのない債権なら支払督促、60万円以下なら少額訴訟など、金額と争いの有無で最適な手続が変わります。
- 相手の財産が不明でも、財産開示手続や第三者からの情報取得手続(預貯金・不動産など)で調査できる場合があります。
売掛金回収の基本的な流れ(全体像)
売掛金の回収は、一般的に次の5つの段階で進めます。いきなり訴訟を起こすのではなく、費用対効果を見ながら、軽い手段から段階的に強い手段へ移行していくのが基本です。
1. 任意交渉(督促・催告)
2. 仮差押えによる財産保全
3. 支払督促・少額訴訟などの簡易な法的手続
4. 民事訴訟の提起
5. 強制執行(差押え)
主な法的手続の特徴を比較すると、次のとおりです。
| 手続 | 向いているケース | 特徴 |
|---|---|---|
| 支払督促 | 相手が請求内容を争わない見込みで、所在が判明している場合 | 書類審査のみで進む。申立手数料は訴訟の半額。相手の異議で通常訴訟に移行する |
| 少額訴訟 | 60万円以下の金銭請求 | 原則1回の期日で審理し、即日判決も可能(民事訴訟法368条・370条) |
| 民事調停 | 話し合いでの解決余地があり、取引関係を維持したい場合 | 調停委員を交えた協議。成立すれば調停調書に基づき強制執行が可能 |
| 民事訴訟 | 争いがある場合や金額が大きい場合 | 証拠に基づき主張・立証。判決のほか、訴訟上の和解で解決することも多い |
回収に動く前に確認しておくべき3つのこと
取引の証拠書類を整理する
契約書・発注書・納品書・請求書など、取引の事実を裏付ける証拠書類をひと通り確認してください。口頭での合意やメール・チャットでのやり取りがある場合は、それらも必ず保全しておきましょう。後に交渉や裁判になったとき、証拠の有無が回収の成否を左右します。
消滅時効を確認する(原則、支払期日から5年)
売掛金の消滅時効は、債権者が権利を行使できることを知った時から5年(権利を行使できる時から10年)です(民法166条1項)。売掛金は支払期日が決まっているのが通常なので、実務上は支払期日から5年と考えておけばよいでしょう。
注意が必要なのは、2020年4月1日の改正民法施行より前に発生した債権です。この場合は改正前の時効期間が適用され、たとえば製造業・卸売業・小売業の売掛代金は2年という短期の時効が適用される場合があります。
なお、時効期間が経過しても直ちに債権が消滅するわけではなく、相手方が時効を援用(主張)した時点で確定的に回収できなくなります(民法145条)。もっとも、時効完成が近い債権・完成しているおそれのある債権への対応は高度な判断を要するため、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
相手方の資産・経営状況を把握する
回収の見込みは、相手方の資産状況に大きく左右されます。不動産の有無(登記情報)、他社への支払遅延の噂、事業の稼働状況などの情報を集めておきましょう。倒産の兆候がある場合は、悠長に交渉するよりも保全(仮差押え)を優先すべきケースもあります。
ステップ1|任意交渉(督促・催告)
まずは、電話や書面で丁寧に支払いを求めます。それでも反応がない場合や支払いを拒否された場合は、内容証明郵便で催告書を送る方法が有効です。
内容証明郵便は、「いつ・誰が・誰宛てに・どのような内容の文書を差し出したか」を日本郵便が証明する制度です。相手方にいつ届いたか(到達日)までは証明されないため、実務では配達証明を併用するのが一般的です。弁護士名義で送付すれば、「次は法的手続に進む」という本気度が伝わり、この段階で支払いに応じる相手も少なくありません。
内容証明(催告)で時効が「止まる」のは6か月・1回限り
催告書が相手方に到達すると、その時から6か月間、時効の完成が猶予されます(民法150条1項)。ただし、猶予期間中に再度催告しても延長はできません(同条2項)。内容証明を送り続ければ時効を避けられるわけではなく、6か月以内に訴訟提起や支払督促などの法的手続をとる必要があります。
また、交渉の過程で相手方が支払義務を認めた場合(一部弁済、支払猶予の申入れ、残高確認書への署名など)は「承認」にあたり、時効は更新(リセット)されます(民法152条)。書面(電磁的記録も可)で「支払方法について協議を行う」旨を合意すれば、協議合意による完成猶予(民法151条)も利用できます。交渉時のやり取りは、時効管理の観点からも必ず書面化しておきましょう。
分割払いなどで合意できた場合には、強制執行認諾文言付きの公正証書(執行証書)を作成しておくと、不履行時に訴訟を経ずに強制執行へ進めます(民事執行法22条5号)。
ステップ2|仮差押えによる財産保全
任意交渉で解決の見込みがない場合、訴訟に進む前に仮差押えを検討することが重要です。仮差押えとは、判決が出るまでの間に相手方が財産を処分・隠匿してしまうことを防ぐため、裁判所の決定によって相手方の預金口座・売掛金・不動産などを一時的に処分できない状態にする手続です。
訴訟は判決確定まで数か月から1年以上かかることもあり、その間に相手方が資産を流出させてしまえば、勝訴しても回収できません。仮差押えを行うには、被保全権利の存在と保全の必要性を疎明し(民事保全法13条2項)、裁判所が定める担保を立てる必要があります(実務上は、請求額の1〜3割程度の担保金を法務局に供託する扱いが一般的です)。
仮差押えはスピードと密行性が命の手続であり、申立書類の作成も含めて弁護士の関与が実務上ほぼ不可欠な場面です。
ステップ3|支払督促・少額訴訟(簡易な法的手続)
支払督促
支払督促とは、債権者の申立てにより、簡易裁判所の裁判所書記官が書類審査のみで相手方に金銭の支払いを督促する手続です(民事訴訟法382条)。申立先は、相手方(債務者)の住所地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官です(同法383条)。
通常の訴訟と異なり書面のみで進められ、申立手数料も訴訟の半額で済む点が特徴です。相手が異議を申し立てなければ、仮執行宣言を得て強制執行が可能になります。
ただし、相手が異議を申し立てると通常の民事訴訟に移行します(同法395条)。この場合の訴訟は相手方所在地側の裁判所で行われるため、遠方の取引先が相手の場合は、最初から自社に有利な管轄で訴訟を選択したほうがよいこともあります。争いが予想される案件でも同様です。
少額訴訟
60万円以下の金銭請求であれば、少額訴訟という選択肢もあります(民事訴訟法368条)。原則として1回の期日で審理を終え、即日判決も可能な簡易な手続です。ただし、利用は同一の簡易裁判所で年10回までに限られ、相手方の申出により通常訴訟に移行することもあります。
ステップ4|民事訴訟の提起
支払督促に異議が出た場合や、最初から争いが予想される場合は、民事訴訟を提起します。訴額が140万円以下なら簡易裁判所、140万円を超える場合は地方裁判所が第一審の管轄です。
訴訟では、売掛金の存在・金額・相手方の支払義務を証拠に基づいて主張・立証しなければなりません。判決まで至らずに、分割払いなどの訴訟上の和解で解決するケースも多くあります。判決や和解調書などの債務名義を得れば、強制執行が可能になります。なお、確定判決で権利が確定すると、その債権の時効期間は10年になります(民法169条1項)。
2026年5月21日からは改正民事訴訟法が全面施行され、民事裁判手続はデジタル化されました。弁護士に依頼した場合、訴状などの裁判書類はオンラインで提出され、手数料も電子納付となるなど、手続の利便性が向上しています。
ステップ5|強制執行(財産の差押え)
確定判決や仮執行宣言付判決・仮執行宣言付支払督促、執行証書などの債務名義を得ても相手が任意に支払わない場合は、強制執行の手続に進みます。強制執行では、相手の預金債権・売掛金(相手の取引先に対する債権)・不動産・動産などを差し押さえることができます。
ただし、差し押さえる財産を特定できなければ手続は進みません。相手方の財産が不明な場合には、次の制度を活用できます。
- 財産開示手続(民事執行法196条以下)…裁判所が債務者を呼び出し、財産状況を陳述させる手続。不出頭や虚偽陳述には刑事罰(6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が科されるため、2020年の法改正以降、実効性が高まっています。
- 第三者からの情報取得手続(民事執行法204条以下)…裁判所を通じて、金融機関から預貯金口座の情報、登記所から不動産の情報などを取得できる制度です。預貯金・上場株式等の情報は財産開示手続を経ずに申し立てられますが、不動産情報は財産開示手続の前置が必要です。
※給与(勤務先)情報の取得は、養育費等や生命・身体の侵害による損害賠償請求権の債権者に限られており、売掛金などの取引債権では利用できません。
このほか、弁護士に依頼した場合には、弁護士会照会(弁護士法23条の2)により金融機関へ預貯金の照会を行える場合もあります。
回収が難しいケースと注意点
取引先について破産などの倒産手続が開始されると、個別の取立てや強制執行はできなくなり、債権届出をして配当を待つことになります。配当があっても債権額を大きく下回ることが多く、ほとんど回収できないケースも少なくありません。また、倒産直前に他の債権者を出し抜く形で回収した弁済は、後の倒産手続で否認され、返還を求められるリスクもあります。
相手方に めぼしい資産がない場合には、勝訴判決を得ても現実の回収ができないこともあります(いわゆる費用倒れ)。回収の見込み・相手方の状況によって取るべき手段は変わるため、判断に迷ったら早期に弁護士へ相談することが重要です。
よくある質問(FAQ)
Q.売掛金の時効は何年ですか?
A.原則として、支払期日(権利を行使できることを知った時)から5年で時効にかかります(民法166条1項)。ただし、2020年3月31日以前に発生した債権には改正前の民法が適用され、業種によっては2年などの短い時効期間となる場合があります。
Q.内容証明郵便を送れば時効は止まりますか?
A.催告として、相手方に到達した時から6か月間だけ時効の完成が猶予されます(民法150条)。この効果は1回限りで、繰り返し送っても延長されません。6か月以内に訴訟提起・支払督促などの法的手続をとるか、相手方の承認(一部弁済や支払猶予の申入れなど)を得る必要があります。
Q.支払督促と民事訴訟は、どちらを選ぶべきですか?
A.相手が請求内容を争わない見込みで所在も判明しているなら、書面のみ・低コストで進む支払督促が有力です。一方、争いが予想される場合や相手が遠方の場合は、異議によって相手方所在地側での訴訟に移行してしまうため、最初から訴訟(や民事調停)を選ぶほうが合理的なことがあります。
Q.相手の財産がわからなくても回収できますか?
A.判決などの債務名義を取得した後であれば、財産開示手続や第三者からの情報取得手続によって、預貯金口座や不動産の情報を調査できる場合があります。あわせて、取引開始時の与信管理や契約書での担保・連帯保証の設定など、事前の備えも重要です。
Q.遅延損害金は請求できますか?
A.支払期日の翌日から遅延損害金を請求できます。契約に定めがない場合の利率は法定利率の年3%です(2026年4月以降も年3%に据え置かれています)。契約書であらかじめ年14.6%などの約定利率を定めておけば、その利率で請求でき、支払いへの心理的な牽制にもなります。
まとめ|売掛金回収は「段階に応じた手段選択」と「時効管理」が鍵
売掛金の回収は、任意交渉・仮差押え・支払督促/少額訴訟・民事訴訟・強制執行という段階を踏みながら、相手方の状況や金額・争いの有無に応じて最適な手段を選ぶことが重要です。時効の管理や証拠の保全など、早めに着手しなければ手遅れになる事項も少なくありません。
澁谷・坂東法律事務所(大阪市北区)は、大阪東部・東大阪エリアを中心に、中小企業の売掛金回収・債権回収を数多く取り扱っています。「請求書を無視されている」「取引先の経営が危ないと聞いた」という段階でも構いません。手遅れになる前に、お早めにご相談ください。
※本記事の内容は2026年7月時点の法令等に基づいています。




