労働者を雇用する際、企業には労働基準法をはじめとする関係法令の遵守と、適切な労働条件の明示が求められます。明示ルールは近年改正が続いており、2024年4月の明示事項追加に続き、2026年10月1日にはパート・有期雇用労働者への明示事項がさらに追加されます。
本記事では、雇用契約締結時の労働条件明示の基本ルールと最新の法改正への対応を、企業向けに整理します。
この記事のポイント
- 労働条件の明示は、雇用形態を問わずすべての労働者に対する法律上の義務です(労働基準法15条1項)。違反には30万円以下の罰金があります。
- 契約期間・就業場所と業務(変更の範囲を含む)・労働時間・賃金・退職に関する事項などは、原則として書面の交付(労働者が希望すれば電子メール等)で明示しなければなりません。
- パート・有期雇用労働者には、昇給・退職手当・賞与の有無と相談窓口の文書明示が別途義務付けられており(パート有期法6条)、2026年10月1日から明示事項が1項目追加されます。
- 求人・募集の段階でも職業安定法に基づく労働条件明示が必要で、求人票と実際の契約条件のずれはトラブルの典型例です。
雇用契約締結時に守るべき明示義務の全体像
労働条件の明示義務は、1つの法律だけで定められているわけではありません。採用の場面では、次の3つの明示義務を段階ごとに履行する必要があります。
| 場面 | 根拠 | 主な内容 |
|---|---|---|
| ①求人・募集時 | 職業安定法5条の3 | 業務内容・就業場所(いずれも変更の範囲を含む)・賃金・労働時間などを求人票等で明示 |
| ②雇用契約の締結時 | 労働基準法15条1項 | 絶対的明示事項は必ず明示。うち昇給を除く事項は書面等での交付が必要 |
| ③パート・有期雇用労働者の雇入れ時 | パートタイム・有期雇用労働法6条 | 「特定事項」(昇給・退職手当・賞与の有無、相談窓口)を文書等で明示 |
求人票と契約締結時の条件が食い違うと、労働者とのトラブルや行政指導の原因となります。①と②の整合性の確認も、法令遵守の重要なポイントです。
労働基準法15条が定める労働条件の明示義務
明示の方法と違反した場合のリスク
労働基準法15条1項は、使用者に対し、労働契約の締結時に賃金・労働時間その他の労働条件を明示するよう義務付けています。特に重要な事項は、原則として書面の交付による明示が必要です。
労働者が希望した場合には、FAX送信や、電子メール・SNSメッセージ等による明示も可能です。ただし電子メール等による場合は、労働者がその記録を出力して書面を作成できるものに限られます(労働基準法施行規則5条4項)。実務上は、PDFの労働条件通知書を添付して送る方法が確実です。
明示義務に違反した場合、企業には30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法120条1号)。また、明示された労働条件が事実と異なる場合、労働者は労働契約を即時に解除でき(同法15条2項)、就業のために転居していた労働者が14日以内に帰郷するときは、企業が帰郷旅費を負担しなければなりません(同条3項)。
絶対的明示事項(必ず明示しなければならない事項)
雇用形態を問わず必ず明示しなければならない事項(絶対的明示事項)は、次のとおりです(労働基準法施行規則5条1項1号〜4号)。
| 明示事項 | 書面等の交付 |
|---|---|
| 労働契約の期間 | 必要 |
| 有期労働契約を更新する場合の基準(通算契約期間・更新回数の上限があるときはその上限を含む) | 必要 |
| 就業の場所・従事すべき業務(それぞれの変更の範囲を含む) | 必要 |
| 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働(残業)の有無、休憩、休日、休暇、交替制の場合の就業時転換に関する事項 | 必要 |
| 賃金の決定・計算・支払いの方法、賃金の締切り・支払いの時期 | 必要 |
| 昇給に関する事項 | 不要(明示自体は必要) |
| 退職に関する事項(解雇の事由を含む) | 必要 |
ポイントは、昇給に関する事項だけは書面交付義務の対象外である一方、それ以外の絶対的明示事項はすべて書面等での明示が必要という点です。また、2024年4月からは「就業場所・業務の変更の範囲」や「更新上限」までが書面明示の対象に含まれており、古い様式の労働条件通知書をそのまま使い回すと記載漏れが生じます。
相対的明示事項(制度がある場合に明示すべき事項)
相対的明示事項は、退職手当、賞与などの臨時に支払われる賃金、労働者に負担させる食費・作業用品、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、休職などに関する事項で、企業に該当する制度がある場合に明示が必要となります。
相対的明示事項は口頭による明示も認められていますが、後日の「言った・言わない」を防ぐ観点から、書面化しておくことが望ましいでしょう。
パート・有期雇用労働者への「特定事項」の文書明示(見落とし注意)
パートタイマー・アルバイト・契約社員など、パートタイム・有期雇用労働法の対象となる労働者を雇い入れる場合には、上記に加えて、次の「特定事項」を文書の交付等により明示しなければなりません(同法6条1項)。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 相談窓口(担当部署・担当者名など)
退職手当や賞与は、正社員に対する関係では相対的明示事項(口頭でも可)ですが、パート・有期雇用労働者には「有無」を文書で明示する義務がある点に注意が必要です。違反には10万円以下の過料が定められています(同法31条)。
2024年4月改正で追加された明示事項(対応済みかの確認を)
2024年4月1日施行の労働基準法施行規則等の改正により、労働条件の明示事項が追加されました。施行から2年以上が経過していますが、様式が未対応のままの企業も見受けられます。追加されたのは次の4項目です。
| 追加された明示事項 | 対象 | タイミング |
|---|---|---|
| 就業場所・業務の「変更の範囲」 | すべての労働者 | 契約締結時・有期契約の更新時 |
| 更新上限(通算契約期間・更新回数)の有無と内容 | 有期雇用労働者 | 契約締結時・更新時 |
| 無期転換を申し込める旨(無期転換申込機会) | 有期雇用労働者 | 無期転換申込権が発生する更新時 |
| 無期転換後の労働条件 | 有期雇用労働者 | 無期転換申込権が発生する更新時 |
「変更の範囲」とは、配置転換や職務変更により将来どこまで就業場所・業務が変わり得るかを指します。「全国の事業所」「会社の定める業務」といった記載も可能ですが、実態と乖離した過度に広い記載は、配転命令の有効性をめぐる紛争で不利に働くおそれもあるため、自社の人事運用に即した記載が重要です。
なお、更新上限を新たに設ける場合や短縮する場合には、あらかじめ労働者にその理由を説明する必要があります。これは労働基準法施行規則ではなく、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(厚生労働省告示)に基づく義務です。
【2026年10月1日施行】最新改正への対応
パート・有期雇用労働者の明示事項が追加されます
2026年10月1日から、パート・有期雇用労働者の雇入れ時に文書等で明示すべき特定事項に、「待遇の相違の内容・理由等について説明を求めることができる旨」が追加され、特定事項は5項目になります。厚生労働省のモデル労働条件通知書も改定されており、様式のアップデートが必要です。
同時期に施行される関連改正にも注意
雇用契約・労務管理に関わる直近の法改正として、次の点も押さえておきましょう。
- カスタマーハラスメント対策・求職者等へのセクシュアルハラスメント対策の義務化(2026年10月1日施行)…企業規模を問わず、方針の明確化や相談体制の整備などの措置が全企業に義務付けられます。
- 社会保険の適用拡大…短時間労働者の賃金要件(月額8.8万円)が2026年10月に撤廃され、企業規模要件(現行51人以上)も2027年10月から段階的に引き下げられます。パート採用時の労働条件設計・人件費計画に直結します。
- 最低賃金の改定…毎年10月頃に改定されます。2025年度は全国加重平均1,121円(大阪府1,177円)と大幅な引上げが続いており、契約締結時の賃金設定が最低賃金を下回らないか毎年の確認が必要です。
実務対応のチェックリスト
雇用契約締結時の実務対応として、次の点を確認しておきましょう。
- 雇用形態(正社員・パート・有期契約社員)ごとに明示事項を整理し、労働条件通知書のテンプレートを分けて整備する
- 2024年4月改正(変更の範囲・更新上限など)と2026年10月改正(特定事項の追加)に対応した様式に更新する
- 電子交付をする場合は、労働者本人の希望を確認・記録し、出力可能な形式(PDF添付など)で送付する
- 求人票・募集要項の記載と労働条件通知書の内容に食い違いがないか確認する
- 就業規則との整合性を確認する(就業規則の基準に達しない労働条件はその部分が無効となり、就業規則の基準まで引き上げられます。労働契約法12条)
雇用形態によって明示すべき事項は異なるため、テンプレートの使い回しには注意が必要です。有期雇用や多様な正社員を採用する企業では、更新上限や変更の範囲の記載漏れがないか必ず確認しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q.労働条件通知書と雇用契約書は何が違うのですか?
A.労働条件通知書は、労働基準法15条の明示義務を果たすために企業が一方的に交付する書面で、交付すれば法律上の義務は満たされます。雇用契約書は労使双方が署名・押印する合意文書で、法律上の作成義務はありませんが、合意内容の証拠になります。実務では両者を兼ねた「労働条件通知書兼雇用契約書」として取り交わす方法が、義務の履行とトラブル防止を両立でき、おすすめです。
Q.メールやLINEで労働条件を明示してもよいですか?
A.労働者が希望した場合に限り認められます。また、労働者がその記録を出力して書面を作成できる方法であることが必要です。後から「希望していない」と争われないよう、本人の希望はメール等の記録に残し、通知書はPDFファイルを添付して送付する運用が安全です。
Q.明示した労働条件と実際の条件が違うとどうなりますか?
A.労働者は労働契約を即時に解除でき(労働基準法15条2項)、就業のために転居していた場合には帰郷旅費の負担義務も生じます。損害賠償請求や行政指導、求人票との相違については職業安定法上の問題にも発展し得るため、実態と異なる明示は厳に避けるべきです。
Q.パート・アルバイトにも書面の交付が必要ですか?
A.必要です。労働基準法15条の明示義務は雇用形態を問わず適用されるうえ、パート・有期雇用労働者には昇給・退職手当・賞与の有無と相談窓口(2026年10月からは待遇差の説明を求めることができる旨を加えた5項目)を文書等で明示する義務が別途あり、違反には過料も定められています。
Q.労働条件の明示義務に違反した場合の罰則は?
A.労働基準法15条1項違反には30万円以下の罰金(同法120条1号)、パート有期法6条1項の特定事項の明示義務違反には10万円以下の過料(同法31条)が定められています。金額以上に、労働基準監督署の調査対応や採用トラブルによるレピュテーションへの影響が実務上は深刻です。
まとめ|明示ルールは「毎年アップデートされる義務」と考える
雇用契約の締結にあたっては、労働基準法15条の明示義務の遵守が基本です。そのうえで、パート・有期雇用労働者への特定事項の明示、求人段階の明示との整合、就業規則との関係まで目配りする必要があります。2024年・2026年と明示ルールの改正が続いており、労働条件通知書の様式は「一度作って終わり」ではなく、毎年の点検が欠かせません。
澁谷・坂東法律事務所(大阪市北区)では、労働条件通知書・雇用契約書・就業規則の整備から労使トラブル対応まで、企業側の立場で一貫してサポートしています。雇用契約や労働条件明示の実務にお悩みの方は、お気軽にご相談ください。



